Le monde d'Aquira

「生々２」

都下郊外にある老人ホーム『Z』園
ここには呆けた老人だけがシュウヨウされている

まいにち日がくれるまで
園内の廊下を往復するジジイは
まだ六十七歳
呆けは急に彼を襲った
きまって朝の6時に目を覚ますと
ネクタイで自分を締め上げて
よれよれの背広をまとうと
廊下を歩き始める
来る日も来る日も
ジジイの通勤は終わらない
もはや歩くことでしか
自分の存在を証明できないとでもいうように

目にするものすべてを
口にしなければ気のすまない
バアサンは八十五歳
たたみに積もる埃を舐め
ティッシュや雑巾を頬張り
時には自分の汚物さえ食べようとする
まるで、自分自身を呑みつくしたい
とでもいうように

九十二歳になるババアは一日中泣いている
もう自分の名前さえ
すっかり忘れてしまったというのに
泣かされてきたことは
しっかりと覚えているらしい

さながら廃業間近の我楽多市だった
しかし、それはそれでかまわない
いつも頷かざるを得ない約束は
一方的に結ばれる
命が保証されているかぎりにおいては
呆けは、死への清涼剤たりえるのだ

でも、このジイサン
むかし陶芸家だったジイサンは
気の毒なことに
今日も布団を土塊に見立て
まるで格闘するように創作に励んでいる
なまじのゲイジュツが
彼をまともに呆けさせることを許さなかった

自分の作品に満足することなく
ましてや一日として心休まる日などなく
今日もジイサンの創作は続く
トコロテンのようになった脳みそで
死ぬまでジイサンは
ゲイジュツを追求しければならないのだ…

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