MAX152kmのストレート

99年、達川晃豊監督(当時、現解説者)率いる広島東洋カープは中日ドラゴンズ相手に開幕2連敗を喫した。

もし、次の試合も敗れるような事になれば、 球団史上20年ぶりの開幕3連敗という不名誉が待っている。

そういう訳だからカープとしては、何としても開幕3連敗だけは避けたい。


ここで達川監督は大胆とも無謀ともいうべき策を選択した。

この試合の先発にプロ初先発、更に言えばプロ初登板のエディソン・レイノソ投手を起用したのである。

しかし、レイノソには如何せん荷が重すぎた。

立ち上がりからコントロールに苦しみ、初回から四球を連発してしまう。

初回こそ併殺で満塁のピンチを切り抜けたものの、2回にも四球とエラーで満塁のピンチを招くと、そこで降板。

救援した投手も打ち込まれ、この回カープは6失点。

試合は10−2で負けた為、開幕3連敗を喫してしまった。

レイノソは敗戦投手になった。

打者8人に対して5つの四球を与えたのは、自滅以外の何物でもなかった。


レイノソの初来日は、98年の秋期キャンプだった。

練習生としての参加だったが、首脳陣の目に留まり99年1月に正式契約となった。

140km後半の速球と多彩な変化球を駆使した投球で、オープン戦を好投したレイノソは開幕1軍の座を手にする。

達川監督はレイノソの若さと勢いを買ったのだろう。それが開幕3戦目の先発起用に繋がったのではないだろうか。


開幕3戦目でKOされた後も、レイノソは中継ぎ及び敗戦処理として数試合に登板する。

しかし「四球を出して点を取られる」というパターンがあまりにも多かった。


結局、5月10日に1軍登録を抹消される。

再登録されたのは9月23日。25日の横浜戦に登板するが3安打2失点。

翌26日には再び登録を抹消されてしまう。

9試合 0勝2敗0S 防御率9.00

これが1年目の成績だった。



2年目は、悲惨だった。

6月30日の巨人戦に4番手として登板するが、2回6安打3四球6失点と滅多打ちに遭った。
(内訳は、1回6安打2四球6失点と1回1四球0失点)

この試合後、彼は2軍に落とされてしまう。



この試合はテレビで中継されていたが、解説の広岡達郎氏がレイノソ登板の際にこう言った。

「性格が真面目だと言われている選手には、共通の欠点がある。それは、気が弱いという事だ。」

また、レイノソの投球に関してはこう話した。

「巨人の選手はね、レイノソの変化球を捨ててるんですよ。これじゃあね、いくら球が速くても打たれますよ。
 バッターはストレート1本に絞っていれば良いんですから。」


これは否定出来ない事実だった。巨人の選手は変化球には全く手を出してこなかった。

また、152kmを計測したストレートもカットされていた。


残念ながら、この後レイノソに1軍で登板するチャンスは与えられなかった。

1試合 0勝0敗0S 防御率27.00 

この数字が2年目の全てである。


結局、00年シーズン終了後に解雇。

99年の開幕3連戦で、連敗ストッパーの期待を託された投手の悲しい結末だった。


もし、「開幕3戦目の先発・連敗ストッパー」という重圧の掛かる場面でなく

敗戦処理などで1軍の経験を積ませてから先発起用していたら、もっと好結果を出せていたかもしれない。

達川監督の無謀とも言うべき采配の為に、開花出来なかった選手である。



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