幸運のダイス

第二幕
「ドライブ」




 予定通り、とはいかなかったが、ダイスとフランクは関係者以外立ち入り禁止の地下2階に侵入することに成功していた。
 が、二人ともドミナンテの警備員の制服を着用しているので、パッと見ただけでは気付かれない。片割れが、ガードマンにしてはあまりに小柄ではあったが。
 どうやったのかと言うと、非常口を見張っていた二人の警備員をフランクが誘い出し、ダイスが彼らを監視カメラの死角でボコボコにした後、その制服を奪ったのだ。
 女一人のため、それも口も聞いたことのない少女に、ただ一方的に会いたい一心でここまで出来てしまう男は、我らがダイスを置いて他にはなかろう。
 並の人生を歩んでいる男ではないので、危険の察知および回避、緊張感、常識などといった感覚が立派な社会人の方々とは別次元にあるのだ。
 フランクも呆れ気味である。しかし、声には出さない。
 下手に会話をすると誰に見つかるかわからないので、二人は先ほどから無言のまま通路を歩いていた。
 そこは華やかなカジノホールやホテルフロアとは打って変わって、随分と殺風景な場所だった。
 とても同じビルにあるとは思えない。
 本来の意味とは遠く掛け離れるが、なるほど、これでは部外者の立ち入りは許せないだろう。
 そう納得できてしまうほど無機的な舞台裏だった。

「ねえ、あの娘の居場所知ってるの?」

 確かに、まだオークションまで時間は十分にある。
 それにしても、間取り図もなくただ闇雲に歩き回るのはどうかと思うが。
 この場にあって常識人の領域に踏み止まっているフランクの、至って素朴な問いだった。
 対するダイスの返答は、こうである。

「オレの直感を信じろよ」

 すでに文法的な答えにすらなっていない。

「知らないんだ・・・」

 少年はまたしても溜め息を漏らしてしまう。
 女の勘はよく当たるというが、生憎ダイスは筋金入りの馬鹿男である。
 運は冴えても、勘となると疑問符が浮かぶのは否めない。
 しかしそのとき、遠くの方で男の怒号のような声が微かに聞こえた。

「・・・」

 無言のまま頷きあったデコボココンビは、足早に声のした方に向かった。
 はっきりと声が聞き取れる位置まで近付いたところで、足を止める。
 ちょうどT字路に当たるそこから見える通路には、等間隔に無愛想な灰色の扉が並んでいる。
 部屋の使用目的などを示すプレート以外は一切のアレンジがない。
 ただ、細かいことは気にしないタイプのダイスは、小さな警備員を手で制しながら言った。

「おまえはここで見張ってろ」
「はいはい」

 フランクは同性愛者ではないが、飢えを感ずるほど女好きでもなかった。
 言われた通り、T字路の角に身を隠すように立ち、声のする部屋へ向かうダイスの背中を見やる。
 美人のためならとんでもない無茶もする輩であるから、少し心配であった。
 彼にはまだ稼いでもらわなければならないのだから。
 そんな少年の視線を背負うダイスは、微かに開いているドアの手前まで移動し、中を覗った。
 黒いスーツを着込んだ男が数人、一人の少女を取り囲んでいる。
 間違いなく、レイチェルだ。
 彼女は衣装のままで、床に座り込んでいた。
 すでに顔を覚えていたダイスにとっては、それでなくとも特定はできていたが。

「いい加減にしてくれ」

 怒るというよりは、諦めたように男の一人が言う。
 この距離からでは正確なことはわからないが、おおよそ想像するのが容易い状況ではある。
 彼女はどうやらワケありで踊り子をやっているようだった。

「お・・・お願いです。許して下さい。私、これ以上は・・・」
「まったく・・・どうします、ジーナ様?」

 ボスに助けを求める声が上がる。
 ダイスは聞き覚えのある、いやもはや知り合いの名前の登場に、驚愕した。
 音を立てぬように視線を移動させてみると、
「聞き分けの悪い娘ね。これでも、覚悟をする時間は十分に与えてあげたはずだけれど?」

 数十分ほど前にバーで出会った美女、ジーナは冷たい表情で男たちを従え、レイチェルを睨みつけていた。
 ダイスはワケがわからなくなる。
 美女に限っては、彼は完全に相手の人格を外見で判断してしまうため、致し方ないことではある。  ジーナは超エリート女社長で、経済界でその名を知らぬ者はいない、人呼んで財界のプリマドンナ。
 そんな風な想像をしていた。
「私には無理です・・・うっく・・・」 「無理でも、やるしかないのはわかっているでしょ?あなたのためを思って、私もこの方法を選んでいるの。嫌なら、そう言ってもらって構わないのよ。他にも方法はあるんですから」

 レイチェルはひどい嗚咽を漏らしていた。何とか声を堪えている様子である。
 無理もない。
 可憐な少女が、あと十数分後には薄汚い男に買われ、その純潔を奪われようとしているのだから。  今さっき自分の偏見が裏切られたばかりだというのに、ダイスは凝りもせずにレイチェルの人格を決め付け、勝手に状況設定までして心を痛めた。

「・・・これだから、子供は嫌いなのよ」

 ジーナは大きな溜め息を漏らすと、ゆっくりと歩き出した。
 こちらに近付いてくる。部屋を出ようとしているのだ。
 急いで、しかし音を立てずにダイスはドアを離れ、相棒のいる方へ移動する。

「とにかく、時間通りに上に来るのよ。来なかったら、別の手段を取らせて頂くわ」
「うぅっ・・・」

 レイチェルの泣き声が痛々しい。
 後ろ髪を怪力で引かれる思いながら、不法侵入の主犯は、本人は認めないだろうがその共犯と合流する。

「すぐここを出るぞ」

 小さな声での指示を受けたフランクは、コクリと頷いて、来た道を戻るため踵を返した。
 そうして、T字路の角を曲がる瞬間、何かと正面衝突する。

「へぶっ・・・」
「ああ、すまない。・・・って、あっ、貴様らっ!?」

 ぶつかったのは、警備員だった。
 衝撃で帽子が取れ、少年の顔を見た男は、すぐに腰に携えた拳銃に手をかけていた。
 子供相手にそれもないものだが、よく訓練されているらしく、なかなか優秀である。

「侵入者・・・あがっ!?」

 大きな声を発しかけた顎に、ダイスの強烈な上段回し蹴りをもろに喰らい、警備員は失神させられた。
 激しく身体を壁に叩き付けられ、崩れ落ちてゆく。
 この静かな通路でここまで大きな音を立てては、気付かれない方がおかしい。

「何事!?」

 後ろの方から、物音に気が付いたらしいジーナの声が聞こえる。

「走るぞ」
「え、ちょ、ちょっと!」

 ダイスの足の速さを知っているフランクは、彼が先にスタートを切った後を、健気に駆け出した。
 わかってはいたが、到底追いつけるものではなかった。
 20歳を前にした小柄な少年から見ると、前を走る韋駄天野郎は、さながら自分だけ魔法で距離の縮めているかのようである。

「緊急事態発生、応援を頼む!」
「待て、貴様っ!」

 などと、後ろから凄んだ声が聞こえる中、半泣きになりながらフランクは必死に走る。
 一方、その遥か前方では、騒ぎを聞きつけてきた警備員とダイスとの格闘戦が繰り広げられていた。
 主として足技を得意とし、それに関するありとあらゆる格闘技を習得している彼は、まるでデモンストレーションでも行っているかのように警備員を見事なまでに薙ぎ倒していった。
 相手の攻撃を腕でガードし、パンチで相手の体勢を崩した後、蹴りで仕留めるというスタイルが基本である。
 手足が長いせいで足が振り回せない間合いでは、拳、裏拳、掌底、肘など、利用できる部位を全て利用したラッシュで相手をハチの巣にする。
 彼は絶対に敵に拳銃を抜く隙を与えなかった。

「よくやるなぁ。感心するよ、ホント」

 床に倒れて呻いている警備員を踏みつけながら、フランクは頼りになる男に置いていかれないそう、その背中を限界速度で追いかけた。
 それにしても、彼の喧嘩、というか格闘技の腕前は、いつ見ても敬意を覚えずにはいられない。
 と、彼に遅れて十字路を左に曲がったとき、

「うわっ・・・!」

 突然、右側にあったドアが開き、その先にある暗闇から伸びてきた手がフランクを捕まえた。
 えも言えずに彼は中に吸い込まれる。
 後方からの銃声と共にドアが閉じられた。
 すぐに誰かが口を押さえ込んだが、その正体が誰なのかを悟るのは容易だ。
 一瞬は焦ってしまったけれど、暗闇に目が慣れてきた視界に入ったのは、やはりダイスである。

「絶対に逃がすな!」

 警備員の怒号や靴音が、ドアの前を通り過ぎてゆく。
 それらが一通り聞こえなくなった後、少年は溜め息を漏らして、立ち上がった。
「すんごい剣幕だね〜・・・」

 言ってから、自分たちの犯罪行為に気がつくが、

「まあ、不法侵入だから仕方がないけど」

 あくまで人事だ。
 彼の中では、これはダイス一人が仕出かしたことであって、自分は言わば第三の傍観者であるに過ぎないのだ。
 犯罪を傍観することは即ちそれと同罪であるが、そうではない。
 フランク自身がその片棒を担いでいるのだが、本人にはその認識がないのである。

「・・・どうやら、それだけじゃなさそうだ」
「えっ?」

 振り返った先に広がっていたのは、多数の大きな木箱と、その内の一つを開けて中を吟味しているダイスという構図だった。  ひどく視界が悪いので断言はできないが、箱の外側には文字は書かれていないようだった。

「一体・・・」

 中身を尋ねようとしたのと同時に、たった一枚の鉄の板を挟んで、いくつかの足音と声が聞こえてきた。
 二人は特に注意して沈黙を保ち、緊張感を以って耳を澄ます。

「ボス、すみません。見失いました。非常階段は予め固めておきましたので、このフロアにいることは確かなのですが・・・」
「だったら、さっさと捜しなさい。見つけたらすぐに始末しておいて」
「はっ」
「私はこれから、会長に会ってくるわ。帰ってくるまでに、吉報を聞かせてちょうだい」
「承知しました」

 一つの靴音が、その場から離れていった。
 おそらく、ジーナのものであろう。
 いずれにしても状況が悪くなったのは、このフロアのどこかにいるということが相手に知れたことである。
 各部屋をしらみ潰しに調べられるに違いなく、そうされたらゲームオーバーである。
 バッドエンディング目前のようだ。

「ふーっ・・・ちょっとスリルあり過ぎるねえ」

 いまいち状況を把握しきれていないフランク。
 ダイスの方は木箱の蓋を元に戻しながら、暗闇に視線を走らせていた。
 部屋はどうやら何かの倉庫らしく、山積みにされている木箱はあと1、2段で天井に届きそうだ。
 少年が言いかけた通り、たかが不法侵入者にここまでの警備は大げさ、いや異常である。
 そこに来て、ジーナのあの台詞だ。
 いくら富と欲望の街とは言え、保安官がいないわけではない。ハエ一匹を殺して、カジノのイメージダウンや営業停止命令を喰らうリスクなど負うはずがない。
 ただ、箱の中身に見当をつけたダイスにしては、それも頷けないことはではなかった。
 そこまで考えたとき、彼は目的の物が視界に入ったのに気づいて、小さく笑みを浮かべた。

「フランク、行くぞ」

 小声で相棒に合図する。

「行くって、どこに、どうやって?」
「幸運の女神を迎えにいくのさ」
「不幸の、じゃないの?・・・」

 言いかけたフランクは、一気に湧き上がった殺気と視線を感じて、それ以上の発言を止めた。
 ダイスの威圧感と眼光は、この暗闇の中でも相手を威嚇するのに十分足るものなのだ。
 特にそのパートナーともなれば、長年彼と共に生活をしているから、敏感に彼の変化に気付けるようになっている。

「あ、いやいや、ウソウソ。あはははは」
「・・・行くぞ」

 フンっと、ダイスは通気ダクトの格子を外した。



「ふぅ・・・」

 ダイスはシャツの襟首を振って身体に風を送りながら、ゆっくりとイスに腰を下ろした。
 彼に家具の価値などわからないが、高い天井からぶら下がっているシャンデリアなどを見ると、おそらくこのイスも相当な高級品なのであろう。

「ぜぇ、ぜぇ・・・」

 少し身体が火照った程度のダイスとは違って、フランクは汗だくで、肩を揺らして息をしていた。
 両手両足を通気ダクトに突っ張って上まで這い上がってきたのだから、無理もないかも知れないが、ダイスからすれば情けないことこの上ない。

「運動不足だからだ」
「運動したってお金もらえるわけじゃないだろ?」

 これはダメだ。
 ダイスが溜め息を漏らす。
 そのとき、オークションステージの右隅に用意されていたマイクの前に、タキシードを着た男が立った。
 先ほどの肥えた男とは違って、一応様になってはいる。

「皆さん、長らくお待たせ致しました。これより、当ドミナンテの踊り子のレンタルオークションを開催致します」
「レンタルだって・・・もらえるんじゃないのか」
「人身売買は国際法で禁止されてるよ」

 違反した場合は、相当の厳罰が科せられる。
 美女には国境どころか法律すら設けていないダイスの発言に、フランクは深い溜め息を漏らす。
 本当に非常識な男だ。
 と、お互いに思っているのである。

「指名したがる連中に競わせて金を吊り上げてから、一晩貸切にするってシステム。部屋は上のホテルに事前に用意されてるけど、ビル内の行動は一応自由ってことになってる」

 わかり易く、適切に解説をしてくれるフランク。
 ダイスは理解をし、納得してくれた様子で相槌を打っていた。
 まさか人を買うつもりはなかろうが、富豪どものオークションの中で勝たねばならぬわけである。
 それで目の保養になる美女と過ごせるのがたったの一晩というのは、汚染物質の固まりのような社会で痛んだ目を癒す目薬の代価としては、少々高すぎるだろう。
 しかし、それしかないというのであれば、この男は毎日このカジノに通うであろう。
 無論、競り落とすために。
「・・・それにしても、すごい人だね」

 フランクは50前後用意されていたイスが全て埋まっているのを見て、ますます呆れる。
 たった一人の少女に大金を注ぎ込むためだけに、こうも人が集まるとは。
 何の得になるのだろうか。

「ねえ、ダイ・・・」

 言いかけたフランクは、ダイスの目が輝いているのを見て、肩をすくめた。
 レイチェルが現れたのである。
 もう他のスケベどもと一緒になってピーピー口笛を吹いている。
 それに比べて、商品の表情は暗い。
 今にも泣き出しそうだ。
 かわいそうに。
 この場においては、フランクが一番まともな人間であることは間違いなかった。

「今回は、新人のレイチェルちゃんです。さあ、この娘と素敵な一夜をお過ごしになりたい方は、他の方に負けないように頑張って下さい。まずは千ドルからです」

 それを聞いて「高いなぁ」と思ったのは、フランクだけであったらしい。
 彼の目の前で、ダイスも含めほとんど全員が手を挙げ、目まぐるしい早さで値段が上がっていった。

「7000!」
「7200!」
「ほへ〜・・・この人たち、よっぽどお金が余ってる・・・」
「5万だ!」
「がくっ」

 すぐ隣で上がったとんでもない声に、思わずフランクはズッコケた。
 他の男どもも一瞬だけ常識人に戻って、値段を一気に七倍にまで高めた馬鹿者を見やった。
 通常の風俗店でも千ドルもしないのに、まさか5万ドルとは。
 高級車が一台買える金額である。
 スカウトマンたちが厳選した超のつく美少女であるとは言っても、そして金持ちの使い切れぬ金を使った道楽であったとしても、行きすぎである。
 あれほど泣きそうな顔をしていたレイチェルでさえ、目をパチクリさせるような沈黙の後、司会者が咳払いをしながら、おそるおそる尋ねる。

「ほ、本当に、よろしいんですね?」

 司会者がここまで驚いているのだから、どうやらダイスはよほどのアホらしい。
 が、当人は相変わらずのポーカーフェイスで、あくまでクールに、

「もちろんさ」

 と言ってのける。
 進行役の男は、それ以上の金額の提示がないことを確認してから、手元のベルを軽く振った。

「そ、それでは、今宵レイチェルちゃんと過ごせる幸運な殿方は、そこのお若い黒髪の方に決定!」

 皆は呆れつつも、疎らではあったが、社交辞令である拍手をくれた。
 ダイスはそんなものを無視して、ズンズンとオークションステージに歩み寄っていった。
 だが、レイチェルとの間に割り込むようにして司会者が手を揉みながらやってくる。

「お支払いは現金ですよ。ツケもローンも・・・」

 おまえの声など聞きたくないと言う代わりに、ダイスは5万ドルの札束を相手の胸に押し付けた。
 あまりの乱暴ぶりに、お金を受け取りつつも司会者は疑わしそうな顔をする。
 ダイスはそれに溜め息を漏らしながら、

「ここで稼いだ金だ。本物じゃなくても、オレの責任じゃないぜ?」
「さ、左様で・・・」

 司会者は何かブツブツ言いながら、二人から離れていった。
 これだけ金の動く場所だから、その真贋を確かめる機器くらい用意してあろう。
 不機嫌もすぐに吹っ飛ぶはずである。
 他の客たちが少しずつ帰ってゆく中、ダイスはようやく念願叶って、少女を間近で観察するように見つめた。

「あ、あの・・・」

 不安そうにレイチェルが言うと、ハッと気が付いたように彼は視線を胸元から彼女の目へと跳ね上げた。
 踊り子の衣装より露出度が高いため、小さめの胸が僅かな谷間を作っていて、彼はそこに視線だけ埋もれさせていたのだ。

「すまない。見惚れてしまったようだ」
「はぁ・・・」
「早速だが、自己紹介はオレの車の中でしよう。あまり長居はしたくないんでね」
「・・・車・・・ですか?」

 踊り子を連れての外出には許可と追加料金が必要で、逃亡を避けるための監視役も付く。
 レイチェルもそれを理解していたようで、怯えるような表情を見せていた。
 これ以上の厄介事は、もう御免だ。
 目がそう言っている。
 ダイスはレディキラーさながらの色目を駆使しながら、宥めるように口を開く。

「今夜だけはオレの恋人になってくれるんだろ?」
「・・・わかりました」  そう答える、そうせざるを得ない少女の表情は凍り付いていた。



 正規、と呼んでいいかどうかはわからないが、手続きを済ませ、逃げるようにドミナンテを出た後、ダイスは何気なく海の方へと車を走らせていた。
 深い意味はないが、とにかく人目に付く場所にいたくなかったのだ。
 彼の車はヴォランテのシルバーであるが、当然のごとくフランクはリアシートに一人座らされていた。
 運転席にはダイス、助手席にレイチェルというのも、これまた至極当然である。
 彼女は、ダンスの衣装ほどではないにせよ、やはり男を魅了するような可愛い衣装を身に付けていた。
 店側が用意したものである。
 こんな可憐な少女を傷つけるドミナンテは許せないが、ツボはよく押さえているようだ。
 ダイスは今の彼女が可愛く見える自分が、少し悔しかった。
 数分前と比べて大分ネオンの数が少なくなってきた頃、それまでずっとドライバーの横顔を見つめていた少女は、偶然彼と目が合ったのをきっかけに、口を開き始める。

「あの・・・どこに向かっているのですか?」
「ただドライブしているだけさ」

 不安がるレイチェルに、ダイスは可能な限り優しく言った。

「君はどこか行きたいところがあるのか?」
「私は・・・私は、家に帰りたいっ・・・!」

 少女は顔を反らしながら、懇願をするように言った。
 その顔を見ることができれば、涙を必死に堪えている様子がわかっただろうが、この震えた声を聞くだけで十分ではある。
 そしてそれは、ハンドルを握るキザ男のハートを鷲掴みにするのにも十分であった。

「それじゃ、帰ろうか」
「えっ・・・?」

 レイチェルはその双眸に涙を溜めたまま、男の方を見やった。
 風に靡く髪を押さえながら、彼女はその次の言葉を待つ。
 フランクは運転席と助手席の間から顔を出し、二人の男女のやり取りを面白そうな顔をして眺めていた。

「実は、泊まるトコをまだ決めてないんだ」
「え、で、でも・・・」
「大丈夫だよ」

 戸惑うレイチェルの前にヌッと顔を出して、フランクはその綺麗な笑顔を見せた。
 未成年であるので当然と言えばそうなのだが、まだあどけない子供のような微笑みである。

「ダイスは女たらしだけど、悪いヤツじゃないからさ」
「ダイス・・・?」

 レイチェルがオウム返しをしたことで、ダイスはまだ自己紹介が済んでいないことに気が付いた。
 彼にしてみれば珍しい失態である。

「そういや、まだ名前を言ってなかったな。オレはダイス=アッシュケインだ」

 本名を名乗らざるを得なかった。

「ボクはフランク=ノースライト」
「・・・私はレイチェル・・・テイラーです」
「よし、これでオレたちはもう友達だ」

 ダイスは図々しくもそう言うと、しっかりと運転をしつつ、美女にしか見せない飛び切りの優しい笑顔をレイチェルに披露した。
 これで悪人だったらサギ、というような笑顔である。

「よかったら、相談に乗るぜ」
「えっ・・・どうして?」
「ワケありなんだろ?見ていればわかるさ」

 少しずつ、レイチェルの心は動いていた。
 こんな綺麗な顔をした二人の男に優しく言われて、無視できる女性の方がどうかしている。
 ダイスはフランクと比べると少しガサツな印象を受けるが、それをワイルドと言えば聞こえはいいし、第一整った顔をしているのに違いはない。
 歯が浮いて抜け落ちてしまいそうな台詞も、彼女はそう嫌いではなかった。

「・・・話してくれないか。オレは、君みたいな素敵な女の子が困っているのを見捨てられるような男じゃないんだ」

 素敵な女の子と言われるのに少し抵抗があるようだったが、今はそんなことを気にしている場合でもなかったので、レイチェルはその点にはあえて触れないようにした。
 それに、悪い気もしなかった。

「信じて・・・いいんですか?」
「何言ってるのさ、当たり前じゃないか!?何のために5万ドルも払ったと・・・」

 言いかけたフランクは、またしてもダイスの強烈な裏拳を顔面に喰らい、リアシートに叩きつけられた。
 微かな呻き声を漏らし、顔を両手で覆いながら蹲る。
 唖然とし、心配そうに後部座席を見るレイチェルに、加害者は笑いながら教えてくれる。
 とても、場合によっては裁判沙汰にも発展する暴力行為を働いた男と同一人物には見えない。

「気にしなくていい。見た目よりも頑丈なんだ、コイツは」
「は、はぁ・・・」
「それより、話してくれる気になったかい?」
「・・・わかりました」

 少女の言葉に、ダイスは深く頷いた。
 思わずアクセルの踏む足に力が入る。
 涼しい夜風を浴びながら、心地よい沈黙がその場を支配する。
 しかし、それも束の間、蘇ったフランクがまたヒョコっと顔を出してきた。

「ところでさ、レイチェルちゃんの家って、庭とプール付いてる?」
「え、いえ・・・」
「なぁ〜んだ、貧乏・・・」

 お約束となった裏拳が、再びフランクに襲いかかった。

「気を悪くしないでくれ。コイツはデリカシーなんぞ持ち合わせちゃいないんでね」
「いえ、いいんです。本当にことですから・・・ダイスさんたちは、裕福なんですね。あんな大金をすぐに出せるなんて・・・」

 自分と比べた時の表現がもはや見つからない。
 月とスッポン、雲泥の差などという言葉もあるが、そんなものでも適切に二人の経済力を比較しているとは言い難い。
 半ば呆れている様子のレイチェルに、キザ男はそのギャップをフォローするのと同時に、口説き続ける。
 レパートリーが無限に近くあり、より確実に、長期戦を好む性質なので、彼のアプローチを完璧に退けることは、健全な女性には非常に難しい。 

「とんでもない。君の前だから、少し見栄を張ったんだ。お陰で今は一文無しさ」
「えっ・・・そうなんですか?」
「宿代にしては、少し高かったけどな」

 そう言ってダイスが笑ってみせると、それが伝染したように思わずレイチェルは笑ってしまった。
 何故だか、可笑しさが込み上げてきた。
 さほど上手なジョークでもないように思われるが、それを言ってくれたことで一気に緊張の糸がほぐれたのだ。

「変な人」
「よく言われるよ」

 男の声には実感が篭っていた。





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