「う〜む・・・・」
遠くから見れば少女と見間違うほどの美少年、フランク=ノースライトは、しかしその美しい顔を無様に歪めて手札を睨みつけていた。
ポーカーである。
周囲から鼓膜に雪崩れ込んでくる雑音をシャットアウトするよう意識しつつ、考える。
今あるのはスペードのクィーン、キング、エースにダイヤのエース、クローバのエースがある。
ドローのチャンスは一回のみ。
ディーラーはすでにドローをしており、怖いくらいに余裕のある笑みを浮かべて、フランクの様子を窺っていた。
どうするべきか。
このままエースのスリーカードで行くか、思い切ってストレートフラッシュを狙うか。
これで三度目の挑戦であるが、これまで二回ともディーラーに一つ上の手で負けているフランクには、この状況でも充分に悩む理由があった。
後ろにいるダイス=アッシュケインは、一人で悩んでいる彼をただ黙って見つめていた。
やがて、フランクは「よし」と頷いて、目前にあったカードをゆっくりと胸元に下げていった。
一瞬、ディーラーと目線が合う。
「オーケー、勝負だ」
少年は自身の役、エースのスリーカードを場に出してみせた。
周囲のギャラリーたちから小さな歓声が上がる。
というのも、テーブルのフランク側に積まれているチップの量が半端ではないからだ。
とてもポーカーに出す量ではない。
ここのカジノのレートで計算すると、ざっと十万ドルは下らなかった。
「さあ、そっちは?」
ディーラーに注目が集まる。
そして、
「・・・7のフォーカード。わたくしの勝ちです」
「そ、そんなぁ・・・」
目の前でディーラーに回収されるチップを、フランクは半分泣いて見送った。
彼にしてみれば、我が子をさらわれた親の気分である。
金銭に対してそれほどの執着心があるのだ。
「僕のチップ・・・」
「もう一戦、やりますか?」
「・・・いや、もういいよ」
フランクはガックリと肩を落として立ち上がり、トボトボとポーカー台を離れていった。
気分を高揚させるジャズの音色や、どこかで見知らぬ他人が一喜一憂する声、近くで談笑する声など、全てが自身を嘲っているかのように思えてくる。
被害妄想もいいところであるが、気分が沈んでいる時というのは、そんなものである。
「そう落ち込みなさんな」
「これが落ち込まないでいられるもんか!」
フランクはいきなりダイスの襟首を掴むと、前後に激しく揺さぶった。
相手の方が遥かに背が高いため、親子か兄弟の喧嘩のように見える。
「落ち着けよ」
黒い髪の毛をかき上げながら、ダイスはたくましい両手でゆっくりと少年の手を自分の襟首から外す。
「はぁ・・・」
「災難だと思って諦めるんだな。イカサマに騙されるおまえが悪い」
「イカサマ?さっきの勝負が!?」
驚愕の表情を浮かべる相棒に、しかしダイスはあっさりと即答する。
「ああ」
「・・・ああ、っじゃないだろ!?なんで教えてくれなかったんだよ!」
「邪魔しちゃ悪いと思ってな」
「こういう時だけ・・・」
再び落ち込むフランク。
「どーせ、ボクが悩む姿を見て楽しんでたんだろ?」
「ご名答。勘が鋭くなったんじゃないか?」
「なんて嫌なヤツ・・・」
生気が抜けたような顔をするフランクの肩を、ダイスは励ます意味で軽く叩いてやった。
そして、ジャケットの胸ポケットからタバコを取り出して、火を付ける。
だだっ広いホールと人ごみを改めて眺めながら、二人はバーの方へ歩き出した。
ここは世界的にも有名なカジノ「ドミナンテ」であった。地上1階と地下1階が巨大なカジノになっていて、地上2階には様々なイベントホールがあり、3階から50階までが高級ホテルとなっている。
更に55階までにはVIP専用の応接室、および会食ホールがあり、55階から59階までがドミナンテ経営陣の職務室、60階が事実上オーナーのプライベートルームになっているこのビルは、総工費数十億ドルだという。
今、ダイスたちがいるのは地下のカジノだ。こちらは、どちらかと言えば一般人向けの地上より、高額な掛け金でギャンブルを楽しむ金持ち向けのアミューズメントパークである。
そこでは、中央にある円状のステージで週間プログラムに沿ったショーが、毎日行われる。
また、ちょうど今彼らが向かっているが、遊び疲れた客の休憩用だろう、ホールの一角には贅沢な造りのバーまである。
何とも豪勢な建物ではあるものの、この客入りを見れば頷けてしまう。
人数の見当をつけるのも難しいほどの客で、このカジノはごった返しているのだ。各界の著名人らも、今までに十人以上見かけた。
中には、今日のために溜め込んできた金をギャンブルに注ぎ込んでいる者もいるのだろうが、先ほどのポーカーのイカサマのことを考えると、気の毒なことである。
「この店で一番のブランデーをくれ」
ダイスはバーテンにそう注文しながら、カウンターに腰かけた。
そこで、何故だか戸惑っているフランクに気が付く。
「どうしたんだ?」
「有り金全部騙し取られたボクに向かって・・・よく言えるよ」
「・・・わかった、わかった。奢ってやるから、座れよ」
「さっすがダイス!ボクは君みたいなパートナーがいて幸せだよ」
フランクは飛び切りの笑顔でダイスの隣に座った。
彼ほどの美少年は、洒落たバーによく似合う。
だが、その性格は外見からは想像できないほど、
「ったく、セコいな・・・今に始まったことじゃないが」
「何言ってんだよ。君がもっと稼げば、ボクだってこんなにひもじい思いをしないで済むんだよ?」
「無駄使いをするからだ」
「そうだよ、君が悪いんだよ」
少年にはダイスの声が聞こえていないようだった。
彼は人差し指を立てて、母親がイタズラ好きの子供に説教でもするような顔をして言ってくれる。
「大体、『カジノ荒し』とまで言われるギャンブラーの君が、どうしてもっとパァーッと稼がないんだい?その気になれば、今の倍以上の稼ぎにはなるはずだよ。そうしたら、ボクだって庭とプールが付いた大豪邸に住めるんだ」
「オレが稼いだ金でか?」
「だって、パートナーじゃん?収入を分け合うのは当然じゃないか。はっはっはっはっ」
先ほど、フランクは「こういう時だけ」と言ったが、ダイスはいかにも人が良さそうに目を輝かせる相棒に同じことを言ってやりたかった。
大切なパートナーとは言え、その金への執着心にはいささか呆れてしまうのだ。
この少年は、見かけからは想像もつかない天才的な頭脳の持ち主である。
ネットワークと世界経済の先を読む目で、ダイスが稼いだ金を世界中の安全な銀行に、実に上手に振り分けてくれている。
そのお陰で、今まで引き下ろしに手間取ったこともなければ、金を預けた銀行が潰れたこともない。
文字通り、それも飛び切り優秀な、金庫役なのだ。
彼と出会うまでは稼いだ金を全て持ち歩いたため、気ままなその日暮らしが多かったが、二人で組んでからは計画的に世界を旅することが可能となった事実もある。
もし一人のままであったら、趣味に旅行というものが加わることもなかった。
小生意気な金の亡者は、しかし一人のギャンブラーの人生に新たな喜びを与えてくれたわけである。
実に金のかかる相棒ではあるが、その意味ではダイスにとって掛け替えのない存在であるし、出費の方も経理として雇っていると思えば幾分気が楽になる。
ダイスは、顔だけは無邪気に笑うフランクを見て、苦笑したのだった。
そのとき、彼が咥えていたタバコがフッと消え、同時に淡い香水の匂いが鼻をかすめた。
真っ先に美女をイメージしつつ、ダイスは視線だけで香りがした方を見る。
すぐに、白皙の美しい顔が現れた。
「ここは禁煙よ」
高級感が溢れるが、割と落ち着いた上品なドレスに身を包んだ美女は、目線である方向を示した。
そこには、確かに「禁煙」と書かれている。
ダイスはすぐに美女に視線を戻し、分析を始めた。
年齢は30歳前後、やや化粧が濃いが、スッピンでも充分美人で通じるだろう。
ドレスの膨らみからして、スリーサイズはグラマーと言うのに申し分ない。
「貴婦人の前で、失礼した」
気取って言ってみせるダイスの目の前で、美女はまだ火の付いたタバコを赤いルージュを塗った唇に触れさせた。
そうして、そっと煙を吐き出す。
「随分と軽いものを吸っているのね?」
「最近、止めようと思ってるんだ。それで、少しずつ軽くしてるってわけさ」
「賢明ね」
美女は、いつの間にか近くにやってきていたバーテンにタバコを渡した。
「捨ててちょうだい」
「かしこまりました」
どうやら、バーテンも注意するにできなかったようで、軽くダイスを睨みながらその場を去っていった。
だが、そんな視線など意に介することなく、邪魔者がいなくなったということで彼は再び美女を見やる。
彼女のブルーの瞳は澄んではいなかったが、とても綺麗だった。
「今、気が付いたが・・・タバコを吸うのは、そう悪いことばかりじゃないみたいだな」
「あら、止めようとしているのじゃなくて?」
「少し考え直すことにするよ。なにしろ、タバコのお陰でこうして君と出会えたんだからな」
ダイスの台詞に、美女は驚くわけでもなく、妖艶に笑ってみせた。
どこか確信めいたものが混じっている。
「うふふふ・・・その台詞、今までに何度も聞いたわ」
「君ほど魅力的な人なら、当然のことさ」
「そんなに私は魅力的かしら?」
ダイスもダイスだが、この美女もすごかった。
これほどの美貌であれば無理もないかも知れないが、彼女はそれが自分の武器となることを心得ているようだった。
男の敵、という表現はあまり聞かないけれど、まさにそういった表現が当てはまるだろう。
なかなかに危険な、それでいて甘い果実のようである。
果たして、ダイス=アッシュケインはどのように調理をするのだろうか。
フランクには理解できない言語での会話が続いた。
「それほど若いにも関わらず、落ち着いていて上品だ。その上、目が眩むような美人ときている。そんな貴婦人は世界中探しても君だけさ」
「ふ〜ん・・・私って、いくつくらいに見えるかしら?」
美女は自分の胸元に手の平を置く事で、自分自身を指し示した。
よく見て。
ということだろう。
こういう女性は、自分の年齢をひどく気にしている傾向が強い。
ここで、うんと若く見えると言ってやれば・・・。
「そうだなぁ、化粧が濃いから・・・」
背後で言いかけたフランクに、ダイスは思い切り裏拳を叩き込んでやった。
目にも止まらぬ速さ、手加減するのが不可能な反射的行動である。
彼は美女を傷つける者と、美女にアプローチをする自分の邪魔をする者に対しては、たとえそれが親兄弟であろうと容赦はしないのだ。
「・・・シルクのような髪の毛と・・・」
よく相手を観察しながら、ダイスはそっと美女の手を取った。そして、優しく撫でる。
彼女も嫌がる素振りは見せなかった。
まるで、予め打ち合わせをしていたかのように見える。
「張りと艶のある綺麗な肌からして・・・24・・・いや、もしかしたら21歳かな?」
「ふふふ・・・お世辞とわかっていても、悪い気はしないわね」
「とんでもない。オレは思ったことを素直に言っているだけさ」
白々しくダイスは「心外だ」という表情を作ってみせた。
その魂胆を知ってか知らずか、美女は品定めをするような目で軟派な男を見やった。
隙のない目、視線である。
馴染んでいるように見せかけながら、相当に警戒をしているようにも見えた。
「ありがとう。それじゃ、私はこれで失礼するわ」
「もう少し話せないのか?ブランデーを奢るよ」
しつこい男は嫌われる。
これは鉄則であるが、あまりにもあっさりと引き下がる男もまた然りである。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
肝心なのは、状況に応じて引き際をしっかりと見極めることだ。
「ごめんなさい。お誘いは嬉しいけれど、これから仕事があるの」
「それなら、せめて名前だけでも教えてもらえないか?」
相手に不快感を与えないように台詞と口調を選びながらも、ダイスは自分の希望を可能な限り実現するように行動する。
しかし、その心配はいらなかったようで、美女は割りとあっさり答えてくれた。
「ジーナよ。あなたは?」
「レオンだ」
彼は、初対面の人間にはこの偽名を使う。
「レオン・・・覚えておくわ」
「そうしてもらえれば幸いだ」
手応えを感じたのか、ダイスは嬉しそうな表情で言った。
作っている顔である。
元々、彼は感情をストレートに面に出す性格ではないのだ。
「明日もここへ?」
「・・・ええ」
「会ってくれるかい?」
予測の範囲内であっただろう申し込みに、ジーナは一瞬彼から目を反らした。
微妙な間を置いてから、改めてダイスを見つめてくる。
その表情は至って誘惑的だった。
「いいわよ。いつになるかは、ちょっとわからないけれど・・・?」
「ずっと待ってるよ」
「うふふふ、それじゃあね」
ジーナはそう言って笑顔を見せ、バーを出た。
彼女の姿が人込みの中に消えるまで、ダイスはずっとその背中を見つめていた。
正面から見るとそうでもなかったが、大きく背中が開いたセクシーなドレスであった。うなじが何とも色っぽい。
「綺麗だ・・・」
ダイスにとっては、まさに溜め息を漏らすような美しさであった。
「ダァ〜イ〜スゥ〜・・・!」
ずっと地面に這いつくばっていたのか、ユラリと背後に立ち上がったフランクを、ダイスは肩越しに見やった。
彼は何事もなかった時の表情をしている。
元々ポーカーフェイスなのだ。
というのは、都合の良いダイスの心の声である。
「何だよ?」
「何だ、って・・・相棒を思いきりぶん殴っといて、それはないんじゃなぁ〜いぃ!?」
フランクは眉間から血を流しながら、ゴーストを気取る。
「おまえがジーナさんに失礼なことを言おうとしたからだ」
「本当のことでしょうが!っていうか、君がボクにしたことは失礼じゃないのか!?いや、むしろ横暴!」
「うるさいヤツだな・・・」
本当にうるさそうにカウンターに向き直るダイス。
ブランデーのグラスを握ったその手の上に、フランクが横からスッと手を差し込んできた。
明らかに何かを受け取る、いや提出を求めているかのような手つきである。
ダイスは眉を細めて、金の亡者を見やった。
何を求めているかはわかっているが、一応聞くことにする。
「何だ、この手は?」
「治療費と慰謝料、ちょーだいよ。当然の権利だろ?」
「・・・ったく」
確かに断りもなく殴ったことに関しては、自分に非がある。
まあ、断ってから殴っても非があるには違いないが、とにかくダイスはジャケットの裏ポケットから一万ドルの札束を取り出し、フランクの物欲しそうな手の上に置いてやった。
彼はいつもこの金額を現金で持ち歩いている。
後は、フランクが信用のおける各金融機関に偽名を使って預金している。
「・・・これだけ〜?」
恨めしそうに言うフランクであったが、次の瞬間には出血で赤く染まっていた顔が真っ青に変わっていた。
ダイスが、ジャケットに忍ばせてあったリボルバー式の拳銃・パイソンのシルバーモデルの銃口を、フランクの胸に向けたのだ。
ちなみに、拳銃には改良が施されていて、グリップは木製だ。一般に出回っているパイソンよりも、より高級感が出ている。
もちろん、眉間に突きつけるようなことをすれば周囲に気付かれるため、そんな目立つようなことはしない。警備員にでも見られれば、面倒なことになる。
「知ってると思うが、オレが使ってる弾は一発で約10ドルだ。あといくら欲しい?」
「いや、やっぱりもういいよ。その気持ちだけでさ。ボクは心が広いから、もう許すよ。・・・あは、ははは」
冷や汗を流すのと引きつった笑いをするのとを同時にやってのけながら、フランクはゆっくりとダイスから離れ、飛ぶようにバーから逃げ出していった。
今手に入れた一万ドルを、早速と全てドミナンテに寄付するつもりだろう。
献身的な客である。
普段は全く現金を持たないフランクは、しかし仕事、つまりギャンブルとなるとその時のために貯めておいた金額を最低20万ドルは下ろして、大体半分以下にして帰ってくる。
ごくまれに倍以上の大勝ちをすることもあるが、9割方赤字である。
今日は相当負け込んでいる様子だが、これは大勝ちをする確率よりは当然高い。
というか、彼にはツキがないのだ。そのことに本人が気が付くことは、おそらく生涯ないであろう。
「やれやれ・・・」
暇になってしまった。
フランクのことだから10分もすれば戻ってくるだろうが、その時間をこの空間で心地よく過ごすのは至難の業である。
美人でも捜すか、とイスを回転させてバーの方を振り向いた時だ。
「今宵は、我らがドミナンテにご来店頂き、真にありがとうございます」
ホール全体にアナウンスが流れ、スポットライトが中央にある円状のステージに集まった。
どうやら、ショーが始まる時間になったようだ。
ダイスのように時間を持て余す者や、遊ぶ金を無くした連中に対するせめてもの心遣いか。
勘繰ると悲しくなる一方だ。
「今日もまたショータイムの時間がやってまいりました。踊り子は、人気急上昇中の新人、レイチェルちゃんです!」
ステージ上でタキシードを着込んだ男がマイクに向かって言うなり、ステージの周りに男性を中心とした客が集まり始めた。
なるほど、確かに人気があるらしい。
やがて、ステージ上から邪魔者がいなくなると、それまで軽快なサウンドを奏でていたジャズの演奏が、いかにもといったムーディーな曲を奏で始める。
そして、どこからか、舞台の中心に向かって赤い線が現れた。
丸めた赤絨毯が投げられたようだ。
演出のためだけのその代物にどれほどの価値があるかは別にして、それは見事に円形の舞台へのステップに接した。
その先を目で追うと、明らかに他とは別扱いの扉があり、前には左右を華麗な衣装に身を包んだ美形の、しかし屈強な体を持った男に囲まれた美女、いや美少女がいる。
男たちはショーの主役であろう姫を、優雅にエスコートをした。
両脇のそれらさえなければ、さながら神殿から現れるビーナスを見ているかのような錯覚に囚われただろう。
ダイスはグラスを持ったまま自然と席を立っていた。
歩いてはいるが、人込みの中を素早く移動し、可能な限りステージに近付く。付近はすでに先客でごった返していたけれど、長身のダイスにはそこからでも十分舞台を見ることができた。
ようやく近くで女神を見ることができる。
茶色で長い髪のその少女は、確かに美しかった。だが、表情が硬く、「新人」というのを押し売りしているかのような初々しさが前面に出ている。
もし意識してそうしているのだとしたら、よほどの演技派であろう。
なんとか弱く、可憐なんだ。
それが演出ではないと、ダイスは勝手に決め付ける。
彼女が着ている衣装はさほど露出は高くなかったが、男性にウケるコツを心得たものだった。
「色」ではなく、あくまで「初々しさ」をアピールしているのがわかる。
踊り子のレイチェルは客たちに深く一礼すると、タイミング良く曲調が変化していたジャズに合わせて、踊り始めた。
実に妖艶な踊りである。
その一つの一つの動作は洗練されていて、ダンスという面に関してだけ言えば、彼女は新人では有り得なかった。
指先まで表現力が行き届いている、文字通り生ける芸術作品だ。
時間が経つにつれ、少しずつ彼女の表情が明るくなってゆく。踊っている間は、恥ずかしさを忘れられるようだ。
そんな彼女の少し潤んだ、どこまでも深い瞳に、いつの間にかダイスは見惚れていた。
神に捧げる、というよりは神が人間を魅了するための舞いを踏んでいる彼女の目には、一点の曇りもない。
気が付いた時には、拍手が聞こえていた。
もうショーは終わってしまったらしい。
腕時計を確認してみると、8分が経過していた。
レイチェルが再び緊張した面持ちで客に礼をする。
そこで再び、あの司会役の男が現れた。
こう言ってはなんだが、その肥えた身体にタキシードは珍しいくらいに似合っていない。
あとで教えてやろうかな。
と思いかけて、ダイスは諦めた。
男に限られた自分の貴重な時間を割くなんぞ、あまりにナンセンスである。
「皆さん、レイチェルちゃんの踊りはいかがだったでしょうか?30分後にオークションを行いますので、希望の方は地下2階のオークションホールにお集まり下さい」
「オークションか・・・」
やかましいくらいの口笛と拍手に十分に応えてから、プリンセスは二人のキザそうなナイトに連れられて、ホールを後にしていった。
「さっきから言ってるじゃん」
いきなり隣から声が聞こえて、ダイスは思わず驚いて横を振り返った。
少し視線を下げたところに、相棒の顔があった。
「いつの間にいたんだ、おまえ?」
「さっきからだよ。何言ってるのさ?」
レイチェルに見惚れている間に、彼は早々に一万ドルを使い切って戻ってきたらしい。
そう思って、ダイスは溜め息と共に言った。
申請さえすれば、このチビは世界の無駄遣いキングの五指に入れるかも知れない。
「小さくて見えなかったんだよ」
「何だよ、ひどいなぁ・・・せっかく、オークションのこと教えてあげようと思ったのにな〜」
「話せ」
ダイスはフランクの胸倉を掴み上げた。
背の低い相棒はそれだけで身体が宙に浮いてしまう。
もちろん、その腕に秘められた力がなければ、決して起こり得る現象ではない。
「いってて、わかった。わかったから、離してよ!」
「・・・」
強烈な視線の中、フランクは数秒間のフライトを経て地面を踏み締めることができた。
見上げれば、そこからは刃のように鋭い目が自分を見据えている。
ここまで本気になれるのだから、この男は本物だ。
その言葉の後ろに多少の形容詞を補わなければ誤解を生む可能性が高いが、フランクはそこまで考える時間を惜しんで口を開いた。
それほど日常的な思考パターンなのだ。
「ここのカジノ、世界中から絶世の美女をスカウトして、ダンサーにしてるんだって。んでもって、そのダンサーを相当な高額でオークションにかけることで、鼻の下の長い富豪たちから金を巻き上げてるらしいよ。ほとんど副業になってるって話さ」
「そうだったのか・・・」
「席、予約しとこうか?」
ダイスの微妙な表情の変化を読み取ったフランクは、呆れながら言う。ここまで考えていることが読めてしまうと、面白いのを通り越して呆れるというものだ。
案の定、図星だったらしいダイスはひどく残念そうな顔を一瞬見せてから、それを嫌うようにフンと顔をそむける。
「ねえ、ダイス」
「何だ、まだ何か知ってるのか?」
不愉快さと情報欲しさとを天秤にかけ、後者を選択したダイスはすぐに相棒に向き直る。
実に素直である。
「へへ〜ん・・・これ見てよ」
今気付いたが、さっきから妙に嬉しそうな顔をしていたフランクは、更に笑みを深め、もう笑いが止まらないと言った様子で少し子供くさいジャケットから、5万ドルの札束を取り出して見せた。
「何の手品だ?」
タネも仕掛けにも、5倍になったキャッシュにも興味はないが、フランクの言動は非常に気になる。
「掟破りの現金勝負でね」
フランクは得意げに言う。
ダイスはそれを見て目を細めていた。
「・・・返してこい」
「当てたんだよ!ルーレットでね。ボクの直感が告げたのさ」
フランクは周囲に多くの人間がいることも忘れて、笑い声を上げた。
大負けをした者にしてみれば、隣のヤツが札束を持って笑い声なんぞ上げた日には、次の日に弁護士を捜すハメになりかねない。
「1万ドルは返すけど〜、それだけじゃあの娘を買えるかどうか・・・」
「それもそうだな」
決して口に出して言うわけではないが、ダイスがフランクの思考を読み取れるように、フランクもまたダイスの思考を読み取れる。
タイプこそ違えど、単純という面で二人はよく似ていた。
「行くか」
彼は持ち前の手の早さで、フランクが見せびらかしていた5万ドルを奪い取った。
瞬間、阿呆のように幸福そうだった顔が、鬼のようになる。
「何するんだよ!」
「明日、倍にして返してやるよ」
「えっ、ほんと!?絶対だからね!」
少年は一瞬にして至福の表情に戻る。
たとえ演技であっても、ここまで完璧に表情を変えることのできる役者はそういまい。
「オレは約束は守る」
あんな可憐な少女を、他のブタのような男たちに渡すことなどできない。
自分のことを棚に上げてそんな風に考えることができる自己中心的なダイスは、一足先に彼女に会うためにカジノを出ることにした。
このフロアを訪れた際に非常口の位置は確認してある。
地下2階は倉庫であり、職員以外立ち入り禁止となっているが、おそらくそこに楽屋があるに違いない。
エレベータは防犯カメラ付であろうし、その出入り口は爽やかなボーイを装っている警備員に固められているが、非常階段の方を使えば、気付かれずにそこに向かうのはそう難しいことではない。
根拠も確信もないが、ダイスには自信だけはあった。
本来なら有り得るはずもない、映画のような突然の出会いのチャンスなのだ。
まさに千載一遇、これを逃す手はない。
意欲も十分だった。
早速と歩き出すダイスの後に、フランクは続いてきた。
有り金を全部取られてしまったが、先ほど大勝ちした分が更に倍になるらしいので、文句はなかった。
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